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ピニャータとは、『高所から吊るしたクス玉人形を
西瓜割りの要領で割るメキシコの遊び』です。
イタリア語で土鍋のことをピッナーター(PIGNATTA)と言います。
昔、復活祭の40日前に農作業使用人に感謝の気持ちを込めて主人が土鍋に果物などを
プレゼントしていました。
その習慣がスペインに伝わって、植民地時代にメキシコへ渡りました。
当時は土鍋に飾り付けはしていませんでしたがメキシコ人の感性で徐々にリボンを付けたり、
色紙等で飾りを付けるようになりました。
長い年月がたつにつれ大胆な飾り付けをしたり、ロープで吊したりして、
現代の子どもの遊びとして定着しました。
今ではクリスマスや誕生日パーティーといったお祝い事や祭りに欠かせないものとなっています。
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現在のピニャータは土鍋や新聞紙で作った丸く割れやすいものに色紙でカラフルな飾り付けをし、
その中にキャンディーやおもちゃ、果物などを入れます。
二つの背の高い木などに長いロープを通し、間にピニャータを吊します。
ロープを結ばずに男性が持ち、ロープを引っ張るとピニャータが上がったり、
逆に緩めると下がったりできるようにすることもあります。
ピニャータのまわりに子どもたちが輪を作り、一番小さい子に長い棒を持たせ、
3回のふりでピニャータを割らせます。

当たらないようにロープを持った男性はピニャータの上げ下げをします。
順番に次々と子どもたちがピニャータ割りに挑戦しますが
小学生になると目隠しをし、いっそう難しくします。
ピニャータが割れ中身が落ちたら子どもたちは競ってキャンディーなどを拾います。
簡単に言うとくす玉をスイカ割りの要領で割るゲームです。
このときに歌われるのがピニャータの歌です。
”Dale Dale Dale,
No Pierdes El Tino.
Porque Si No Pierdes,
!Pierdes El Camino!”
(歌詞の大意:うまく当てるんだ。的をはずすんじゃないぞ。
うまくいかなきゃ、何やってもだめさ。)
上記は東京のメキシコ大使館から頂いた資料に基づくもので、
ピニャータに関する定説として
最有力のものです。
ピニャータはスペイン語でPIÑATAと書きます。

ピニャータが現在のような形になったのはそれほど古くではなく、ナワトルの伝承が近代の観点で
再構築されたことや、中国系移民がディアス政権期前後に鉄道建設移民として流入したことによる
影響などが考えられます。

(1904年のピニャータ売り)
石田かり氏のエッセー「クエルナバカの碧い空」第33号で紹介されております撹上久子氏の
研究によりますと、先住民アステカ人の言語ナワトル語でtepalcate(壺、壺のかけら)といわれる
習慣がプレコロンビア(先征服)期に既に存在していたそうです。
その原料は川底の黒い粘土で、12月にもっとも黒さが増すのでこの時期に壺を作り、収穫物等を
詰め合わせて割っていたようです。黒さは悪魔の力を象徴すると共に大地母神由来の生命力の
活性化として捉えられていた(割れる=新たに誕生する)のかも知れません。
中南米各国では祝杯をあげる前に大地に一滴垂らして、大地母神(メキシコ中央高原の伝承では
トナンツィン女神)の恵みに感謝する習慣が、今日なお見られるからです。
メキシコ等中南米諸国ではカトリック伝来以前からあった習慣について、換骨奪胎するまでには至らないで、
伝承した事物を偶像などの「悪魔」として捉えて、移入するラテン・イベリア文化を
キリスト教を背景にした「正義」とする観点で再定義した祭礼や習俗が数多く見られます。
キリスト教的には、この黒い粘土の壺を悪魔の象徴と捉えました
★7つの円錐形の突起=カトリックの定義する人間の7つの原罪(傲慢・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲・嫉妬)を表す
★華美な装飾と内容物のお菓子や果物=虚栄心と悪魔の誘惑を表す
★叩く前に回る回数は33回=子なるキリストの殉教した地上での年齢に基づく
★目隠しをする=目に見えないものを信じる信仰心を表す
★一人3回で交代する=父・御子・御霊の大御神という三位一体の定義に基づく
しかし、当然、本来の意味合いとは異なっている、と考えるべきです。
アメリカでも、米墨戦争後のグアダルーペ=イダルゴ条約などで割譲を強制された、
南西部の旧メキシコ領を中心にピニャータは盛んなのですが、バスター(プラ製のバットなどの破壊棒)で
「悪魔の偶像」であるピニャータを叩き壊す、という見方になっていて、
"like a pinata"というとめちゃめちゃに叩きのめす、とか顔を血まみれになるまで殴る、
というニュアンスがあります。
アメリカのドラマ「ザ・ホワイトハウス」でもこの表現が使われているそうで、
一般的な表現のようです。
メキシコでは伝統的にはバスターは使わずに、色紙で色彩豊かに飾った木や竹の棒を用います。
ちなみにプロテスタントの影響の強い(=カトリック的な解釈をしない)アメリカでは、
星型のピニャータは東方の三博士を招いた北極星と見立てるため、角型が6つになります。
日本では愛知の
Birthday+α バースディ アルファ(店主 中島明子様)で販売、
アメリカ製のものが通販で買えます。
(2010.06現在 \2,625-、ピニャータサイトで見た、とお伝え下さい。)
ピニャータ購入のお問い合わせはこちら
■営業時間 月〜金曜日 9:00〜17:00
■定休日 土日祝日
■所在地 愛知県一宮市大和町宮地花池楼光寺37番地
■TEL/FAX 0586-46-1132/0586-46-1107
■e-mail love2mjj-bda@yahoo.co.jp
ナショナル麻布でも買えます。
(2010.06現在 \2,625-、ピニャータサイトで見た、とお伝え下さい。)
■営業時間 9:00〜20:00
■定休日 年始のみ休業
■所在地 〒106-0047 東京都港区南麻布4-5-2
■TEL 03-3442-3181
中国起源説について
中国系移民(華僑)は広州・台湾など近代まで経済的に劣位にあった南部の出身者が多いのですが、
紀元節(5月5日)の時期に魔よけの意味で子供に持たせる『香包』は、特に中国江南地方特有の習俗であり、
動植物などを模って色鮮やかに彩色されています。
欧米のサイトでは中国で春節の際に雌雄の牛型の装飾した紙人形を作り、
中に種子を入れて割って、残物を左義長焼(とんど)にしたり、
爆竹・花火で吹き飛ばしたりする豊作祈願の習俗があった、とありますが
正しくは「犠牲」という漢字の字源(=黄褐色のたてがみが真っ直ぐな毛並みのよい牛を犠、
そのうちから生贄に選ばれた牛を牲という)が示すように
元来は水田耕作用の役用牛を装飾して、屠殺する『水牛供犠神事』が長江中下流域にあり、
これが形を変えたものである、と推察できます。
一説には、マルコ・ポーロが元帝国から西域のモンゴル皇帝の親族の姫を同行して帰国する許可が
下りた際に持ち帰った風習、と言われますが、
船上で随員のほとんどが病死した記述からも、根拠の希薄さが伺えます
この「東方見聞録」にはピニャータの起源にあたるような具体的な記述は見当たりません
水牛供犠は現在でも苗(ミャオ)族の鼓社節という祖霊祭や南ラオス、ベトナム南西部の神事として伝えられています。
これらの行われるのは年に一回で、それぞれ民族固有の暦法による旧正月(春節・テトなど)です。
農閑期に新しい年の幕開けと豊作祈願を祈願するために水牛(=直会(なおらい・・・お供えしたものを
お下げして頂いた物)の神人共食の形をとります
この中の、二股に開いた杭に固定した牛の頸を手斧で刎ねて殺し、死んだ牛の頭を力いっぱい竹の棒で打ち据えることで
地下世界黄泉の祖霊の元へ生贄の牛を送る、という行為(送牛儀礼)が形を変えたものが
ピニャータの祖形(=人や牛等の頭を形取る所以)ではないでしょうか。
ピニャータの中身を想起させる「種子の袋」は、
天帝の重臣であった牛頭の神が地上を実り多い姿に変えるように命ぜられながら、
疲労のため面倒になって沼地にぶちまけたために、天帝の怒りを買い、四つんばいの牛にされた、
というところからきています。
中国では近代まで人肉を食する習慣がありましたが、これは元々、戦争に敗れた側や朝貢国が
生口(せいこう)と呼ばれた奴隷を差し出し、軍糧食や滋養食としてこれを屠ったところからきています。
中国夏王朝以前の神話時代の三皇の一人黄帝(漢民族の祖)は、
牛頭人身の神である炎帝(神農、後に漢民族に吸収された百越族或いは羌族の祖)を破り、
一本脚の竜神である猷尤(しゆう、苗族の祖)を牛の姿に変えたりしていますが、
これも牛をトーテム(=祭神)とする敗残の民が食用や生贄に供されたことかもしれません。
これは現在の漢民族が、華北狩猟粉食民族による華南農耕米食民族の吸収及び
中原からの駆逐(=夷狄化)により成立した歴史を示し、
古来長江流域の水耕地帯で、労働力として牛が大切に扱われていたことを示すものです。
また、この華北神話信仰による華南神話信仰の歪曲改変は、祖霊の宿る死後世界=あの世が
地下にあれば華南インドシナ起源、天上と考えられていれば華北モンゴル起源であることからも類推できます。
地下世界にあの世があるという信仰から、飲酒の際に最初の一滴を地面に垂らす儀礼が苗族の習慣にあります。
中南米にも同じ慣習があることは興味深いことです。
こうして東洋から伝わった『水牛供犠』と
メキシコの『テパルカテ』の
偶然の共通点が出会って、
メキシコ先住民族の伝統的に好まれる色合いと、
東洋由来の紙という素材が相まって
壊すための『壺』が
装飾されるようになったものでしょう。
メキシコにもシンコデマジョ(5月5日)の祝いの習慣があります。
メキシコのこどもの日は4月30日ですが、対仏戦勝記念日である5月5日の方がピニャータ割の機会として多いようです。
チャイナドレスのように刺繍で彩られた、メキシコ・プエブラ州女性の民族衣装「チナ・ポブラナ」
(中国風プエブラ服の意味)も鉄道移民流入後の習俗、との見方が有力です。
日本では東京のカフェ・イ・アルテでメキシコ直輸入の衣装を取り扱っています。
(ピニャータサイトで見た、とお伝え下さい。一定額以上購入し、会員入会すると特典があります。)
■営業時間 月〜金曜日 11:00〜19:00
土曜日 11:00〜18:00
■定休日 日祝日
■所在地 〒105-0004 東京都港区新橋2-16-1 ニュー新橋ビル429号
■TEL/FAX 03-6672-7672/0120-38-7868
そもそもピニャータの製作やパペルピカドに必ず用いられる縒り紙・クレープペーパーのことを、
メキシコでは「パペル・デ・チノ(パペル・チーナ)」(中国の紙の意味!)といいます。
欧米では自作用に販売されています。
パペル・デ・チノは中国で農閑期に作られていた切絵細工用の紙で、メキシコには
フランスから移入されたとの説が有力です。
この切絵細工の色合いの組み合わせも紫と黄、水色と橙というメキシコのパペル・ピカドを想起させる
組み合わせなのも興味深いところです。
ちなみにメキシコ先住民の工芸品の「アマテ」はイチジクや桑の繊維から作られています。

日本では大阪の沼田紙店で厚さの好適なドイツ製のものが買えます。(1997年調べ)
■所在地 大阪市中央区松屋町住吉1-10
■TEL/FAX 06-6761-0231
松屋町界隈では、ピニャータ作りの芯に利用できるビーチボールを夏季以外でも購入できます。
風船を芯にして、完全な球形にこだわるならば、アメリカ製のバルーンアートの風船が良いでしょう。
作った際に乾燥すればほぼ自然に剥離しますが、
風船なら割って取り出せるのでビーチボールより扱いやすいのです。
BALLOONPARK(バルーンパーク)永井敏江(ながいとしえ)様
風船、風船加工品、パーティーグッズなどの雑貨類のオンラインショップ
■所在地 横浜市保土ヶ谷区上菅田町951番地
■TEL 045-309-2552
■FAX 045-373-2127(FAXでのご注文)
■e-mail toiawase@balloonpark.com
(ピニャータサイトで見た、とお伝え下さい。)

参照:ピニャータをやっている国・地域
メキシコでは2003年にメキシコ第一の経済都市モンテレーでピニャータ博覧会が開かれて
おり、常時市場で中に詰める菓子、装飾前の張子、完成品、中にお菓子を詰めてあるものが販売
されています。アメリカでも「本格派」の人向けにメキシコ産のお菓子を置いている店があります。
フランスにはピニャータ作家の販売ギャラリーがあります
参照:メキシコのピニャータ(山田俊彦氏撮影)
メキシコの魅力はこうした貪欲な文化吸収融合性(メスティーソ文化)にあり、決して遺跡や
古式伝統習俗が手付かずのまま残存している部分だけにあるのではありません。
ピニャータの何が関心を引くか
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作成に当たり、山田俊彦様からは大変貴重な写真を含む資料のご提供を頂きました。
石田かり様並びに撹上久子様には、貴重な論考のご紹介を快諾頂きました。
また、メキシコ民族舞踊団コルツィン日本支部の会長様より、サイトでの表現などに
ご指導を頂きました。皆様のお力添えに心より深謝いたします。
参照:ピニャータ&メキシコ写真館(山田俊彦氏撮影)
参照:クエルナバカの碧い空(石田かり氏作成、論考は第33号にあります)
参照:メキシコダンスのサイト
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